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サールナートを後にして、一行は、昼食を済ませた後、ベナレスの町へ向かった。
農村を通りすぎ、街中に到着すると夕方4時になった。
この旅は、一般のツアー企画と違い、インドにうるさい私がメインの観光スポットとは違う?ありのままのインド?を味わってもらう旅だ。そこで、普通の旅行会社ではやらないこと・・つまり、バスを降りて凄まじいインドのラッシュ時の路上を歩いていただいた。
しかし、それは参加者にとってかなりキツイ出来事になってしまった。
夕方のメイン通りは、車、自転車、人間、牛、犬がごちゃ混ぜ状態で、クラクションの騒音、店先の発動機の唸る音、歩く道は、雨の後でドロドロ!いつ引かれるともわからない車の間を必死に歩く。これがまた「必死」という言葉がピッタリの強行軍になってしまった。 |
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初めは、このムードに笑顔で楽しそうに歩いていた人たちが、次第にこの凄まじさに疲れ、無言になっていく。
いったい皆、何を感じているのだろうか……体は大丈夫だろうか・・と心配になった。しかし、今こそ「インドのあらゆる面を体感できるときではないか……?」とプラスに考え、泥だらけの歩行を続けた。
その心配をよそに、Sさん(72歳男性)は、子どものように無邪気に果物屋に立ち寄り、マンゴーを買ったり、ガンジスの水をペットボトルに入れたいと要望されたり「好奇心」の塊だ。Nさんは「人見さん、こんなところを歩かせてもらってありがとうございます!
楽しいです。こういう本当のインドが体験がしたかったです」と嬉しそうに言ってくださった。ちょっと一安心だ。それにしても、危険な歩道をよく無事に歩いた。

約1時間。泥と汗でびっしょりになった33名がたどりついたのは、巨大なる大河、ガンジスだった。ガンジスの茶濁色に流れるうねりは、巨大な大蛇のようだ。
皆しばし呆然。
夕暮れとともに始まるプージャにその身をあずけた。川岸に立つ僧侶は、葉の上に小さな火をともし、幾度か空中でそれをまわり、マントラを唱える。誰もが美しいと思える光景だ。参加者のなかには、ご自分でその火を河に流して祈る人もいた。死者への祈りがしばらく続いた。ついさきほどまでの喧騒が嘘のようだ。
やはり「ガンジスは、大きい!」「ガンジスは、人を包み込む!」「河というより、一つの世界、一つの宇宙だ!」と思った。
帰りは、全員リキシャーに乗って、ホテルに向かい、夜の街を爆走した。
私の乗ったリキシャーマンは、凄まじい速さで他のリキシャーをごぼう抜き。
一緒に乗っていた竹内さんと「うわー!楽しいね〜!」とはしゃいでバスまで到着。
他の参加者の方々も先ほどまでの疲れが吹き飛び、ゴキゲンだった。
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翌日は、午前4時半に起きて、5時にホテルを出発。日の出前のガンジスに到着した。
雨季のため、あいにくの曇天で、残念ながら大きな太陽は望めなかった。
水量の増加した巨大なガンジス河へボートを出し、皆で乗り込んで、ボートはエンジンをかけた。しかし!あまりの水量の多さとその渦に巻き込まれて、ボートは、なかなか前進できず何度も立ち往生した。ガンジスの水の力は凄いということを目のあたりにした。
2000年も立ち尽くす、川べりの建築物は、当時のマハラジャたちが別荘のように使い、河を楽しんだ場所だったという。今では、宿になったり、住まいになったりしている風格ある建物が独特の映画のような風景を創り出している
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そして、川べりに建つ「久美子ハウス」という日本人バックパッカーが泊まる宿が見えてきた。ここに立ち寄り、宿のご主人の話を聞いた。
日本人の女性と結婚されたシャンティさんは、もう60歳過ぎたのだろうか。
私が始めてインドに来て、相棒が熱を出し、久美子さんにお世話になった。もう、15年以上も前のことだから、久美子さんは覚えていないという。
シャンティさんがお話くださった片言の日本語で印象的だったのは、「ガンジス河の向こうには、建物がなにもない。それは何故だか分かる?これは、インドの知恵。朝日が東から昇る。それを見るために、インド人、建物を一切建てなかった。太陽を拝むのです。太陽は神そのものだからです」
太陽を見るために、建物を建てない。
私は、インドの不効率とも言えるその発想が好きだ。その発想の裏には、間違いなく神と共に生きるというインド哲学がある。
日本人なら逆だ。観光客がたくさん来るところだから、せっせと高層ホテルを河沿いに建てるのではないだろうか?そして、投資家たちがこぞってバブルを経済を作り上げる。 |
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久美子ハウスを出て、再び船に乗り込み、しばらく広大なガンジス河をボートは進む。
ふと、気づくとこのツアーで一番年齢の若い女性のAさんがボロボロと涙を流していた。
「どうしたの?何かあった?」と私が聞くと
「なんだか、感激して・・・涙が出てくるんです・・・」
「そう・・・何に感激したの?」と聞くと
「わからないけど、さっきのシャンティさんの話かも知れないし、この街にかも知れない・・」そういって、彼女は、しばらく静かに泣いていた。
誰も止める者はいなかった。
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インドの哲人でもあるシャンティさんと
奥さんの久美子さん(写真右)→
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次にボートが横付けになったのは、火葬場(マニカルカガート)だ。
死体はすでに丸こげになって、小さくなり、そこから細長く煙がたなびいていた。
皆、沈黙しながら火葬の風景を見守った。上から、斜めからと色々な角度から見た。
きらびやかなオレンジ色の布に包まれた新しい死体が運ばれてきた。ゴロンと土の上に転がされた。いくら美しい布にくるまれていても、死んだら焼かれて灰になる。
人は、こうして何ももたずに死んでいくのだ。
火葬場で働くインド人は、カーストでももっとも低い階層の人たちだという。彼らは、黙々と新しい死体に、ガンジスの水をかけて浄化していた。
インドの人は、ガンジス河に死体の灰を流されることを最も望んでいる。ここで死ぬために、全国からなけなしの金銭を持って、死を待つ家で最期を迎える方たちもいる。
だから・・なのだろうか。
この場所が、それほど嫌な場所だと感じない。むしろ、人の最期にふさわしい神聖なる場所とさえ感じる。インドの人たちが憧れ、最期の場所として熱望する広大なるガンジスに流されていく喜びさえ感じる。 |
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ツアーの方たちに感想を聞いてみた。
「火葬場は、思ったほど動揺しなかった自分にびっくりしたね」
「もっと、複雑な気持ちになるかと思ったけど、すごく静かな気分だった。死体を見ても怖くないし、不思議だよね」という声が聞かれた。
必ず人は死ぬ。
どこで死ぬのか、どんな死に方をしたいのか。
それは、どんな生き方をしたらいいかということだ。 |
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初めてのサリーにワクワク!
ショッピングのひととき
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皆さん、飽きずに毎日インド料理を食べ続ける。
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